【無題:マイナたんの話】

 



彼女の座右の銘はこうだ。
「王子様なんて、待つ気は無いの。」
25歳女ブラスミ。
旦那無し、予定無し、彼氏無し、無論子供無し、約束無しフラグなし。
ヒル=マイナは果たして負け犬女か?

「あんな女なら俺ァ願い下げだな。」
「とんでもねえよ。後から来たと思ったら、オイシイとこ全部かっさらっていきやがった…」
ボソボソと囁き合う同業者の白い視線も何のその、だ。
厚顔の上から更に笑顔を浮き上がらせて、彼女は勝利の一声に酔いしれた。
「では、『悪魔の羽根耳』、8Mにて、ミス・ヒル=マイナが落札!!」
オークショニアの木槌が景気良く鳴り響く。
薄暗いホールを、歴戦の商人やブラックスミス達の溜め息が満たしていく。
「…うっふっふっふっふっ。」
負け組どもの二酸化炭素ほど美味いもんはないわー。
顔に大書したマイナは、さて、とビロード張りの椅子から立ち上がった。
椅子のすわり心地は上々だったが、もはやここには競り落としたい獲物は無い。
赤い絨毯の上を浮かぶような足取りで、『R・M・C』オークション会場の商品受け取り口へと向かう。
すれ違う男商人が慌てて道を開けるのが心地よい。その後に背中に刺さる視線が快い。誹謗中傷、するがいいわ。ほーほほほ。
女王様の行く道に障害無し、狭い通路をいくつか行けば、商品受け取りと記された個室。その日の暗号を告げてドアを開ける。
「会員番号8994-33-SUN87。ヒル=マイナでーす。商品受け渡しを急いでねーっ。」
個室には数人の先客がいたが、最早まったくお構いなし。
(みんな男だし。)
手近の従業員に声をかけ、その場の誰より不遜になるよう心がけながらソファを占領。華奢な身体を受け止めて、華美なソファが一声鳴いた。ぎしり。
「なんだ? あの女…」
眉を顰める派手な衣装の男は、貴族だろうか。お付きらしいブラックスミスに耳打ちされ、扇子で口元を隠してフンと鼻を鳴らす。
「あれが例の女か。馬の骨如きがいい気になったところで…」
「マイナ様。こちら商品でございます。」
「わーいありがと。悪魔の羽根耳、狐の面、村正2本、サンタポリンカード合計いくら?」
・・・。
貴族は口を閉ざした。
その隣で、ブラックスミスが苦笑いする。
(また派手にやるねえ、マイナちゃんは…。)
あのノリに巻き込まれたら敵わない。できるかぎり気配を消し、ブラックスミスは壁際に移動した。
「あれ? ラークじゃない?」
ぎくり。
「い、いやいやいやいや人違いですよ♪ ね? お兄さんあんまり似てないでしょ?」
「スマイルマスク装備したら素顔よりそれっぽいわアンタ。」
マイナはつかつかと壁際に歩み寄り、スマイルマスクを至近距離で見上げた。
ラークと呼ばれたブラックスミスは、鳥肌も露わに壁に張り付いて恐怖を体現する。
その様子、まさに蛇の前のカエルに同じ。
「マ、マイナちゃん? あんま近づかないで? ね?」
「なによ、元はおんなじギルドの同業者じゃないの。」
だから勿論知っている。ラークは重度の女性恐怖症だということを。
周囲がなにやらゴソゴソと、彼と彼女に半眼を向けはじめた。「うわ、あの女と…?」「猛者もいたもんだぜ。」「吸われるのがオチだぜ、見ろよあの男の態度」
100%がそんなところ。
ラークは世界の中心で無関係を叫びたい気持ちを、最後の理性を総動員して押さえつけた。
「ラーク、あんたがこんなトコ、来るなんて珍しいじゃない?」
そんな周囲を知っていても全く留意なく、マイナはラークの隣に立った。
従業員がマイナの荷物の前で唖然としているが、それにも一切意識を払った様子が無い。見てろ、ということなのだろう。
「アンタ、レア物の売買に手ェ出したこと無いじゃない?」
「まあ…たまにはね。」
ラークは、笑いと苦虫を噛み潰して液体シロップにしたような目線を、先ほど耳打ちした貴族に送る。
「先物とか、レア売買だけが儲けじゃないしね。」
ブラックスミスの儲け方は三通りある。
一つ目は、自力で怪物を狩り、希少な物を奪い取り売る。
二つ目は、希少な物を安く買い取り、高く売る。
マイナはこの二つに当たる。
「どかんと儲かるんだから、これがいいに決まってるじゃないの。」
肩を竦めるマイナ。
三つ目の儲かる方法は、自ら鍛えた武器を売ること。
「まどろっこしいのよねー。大変だし手間かかるお金かかる。」
そう評されて、ラークは軽く笑った。全くその通りなわけで。
三つ目の方法をとった男は反論できない。
「で? 宗旨替えじゃなきゃ何しにきたのよ。」
「あー…。ちょぉっと、資金調達にね?」
ちらりと、再び先ほどの貴族に視線を送る。
最早荷物を受け取って、部屋を出て行こうとしている所だった。
一瞬合った視線に、間違えようもない解雇の色を見て、苦笑いを深くする。
「あーあー…。オークション代理ってやつ?」
競りが下手な素人が、代理人を雇って、自分の代わりに競り落とさせるというやつだ。
「…そ。」
「自分で落とせないなら来るんじゃないわ。百年早い。」
はっきりと言い切って、マイナはひらひらと手を振った。
「アンタもアンタね。ここは弱肉強食よ。商人、ブラスミ、アルケミスト、どれほどの人間がここで喰ってると思ってんの?」
「・・・」
「良い物を安く仕入れて、高く売りつけるのが仕事のあたし達が、たかだか好事家に安く仕入れてやる手伝いをするなんてホント信じられない。」
マイナの言うことは正論だ。
故に、普通の商人やブラックスミスはこうした依頼を極力断るようにしているし、受ければ村八分に近い扱いをされても文句は言えない。
「まァ…どうしようもない事情があったワケ。」
「そうでしょうね。汚れ仕事オツカレ。」
さて、とマイナが壁から離れた。
「あたしはもう帰るわ。早いトコ、羽根耳ちゃんにお金になってもらわなきゃだしねー。」
そろそろ荷物受け渡し係の従業員が泣きそうになっているのを横目に、ラークもひらりと手を振った。
「ああ、お疲れ様♪」
またね、とは言い辛かった。
マイナは大金の入った袋を無造作に窓口に置くと、鼻歌混じりに去っていく。
「・・・」
その歌は異国の葬送曲と聞いていたラークは、手近の窓から軽やかに走っていくマイナを遠く見送った。
「テーマソングだね、ありゃ。」
薄い茶色の髪が、長い金髪を彷彿とさせた。
[PR]
by radium_plus | 2006-12-07 11:35 | Works:The Bishop
<< 【タイガーリリィと暗闇の部屋】 マゾヒストの独白 >>